イベントを考える。

主に、世界のイベントに注目するイベントマーケティングブログです。たまに、違います。

今時の若者のSNS


タイトルからして、年を少し重ねたな、と自覚してしまう32歳の初夏。


「まだ、32歳は若い若い!」と思う方も多いかと思うと思うのですが、SNSの側面から見ると、このタイトルは決して大げさなものではないんじゃないかと感じています。


というのも、SNSというのは、時代の流れと共に、本当に変わってくるんだなと、肌で感じているからです。


今、私は、アメリカで学生として過ごしているので、20代前半の子達を触れ合うことが多々あります。その子達が一番よく使っているのは、Snapchat。彼らは、Non-Japaneseです。アジア人も、アメリカ人も。


また、ニューヨークにある日本の高校の生徒たちと話した時にも、Snapchatが一番使われているアプリであることを教えてもらいました。


私も、若い世代のお友達とのコミュニケーションにSnapchatを使っていたのですが、会話や送付した/された画像が消えてしまうのに、戸惑いを感じてしまいました。もちろん、大事な会話にはSaveができますが、毎回保存するのもおかしいし、でも、Saveしないと何を質問されたか忘れてしまうし、、、と、なかなか私とは相性が合わない。というわけで、結局、ほとんど使わなくなってしまいました。


その一方、自分と同い年くらいの友達とは、Facebook/Twitter/Instagramでコミュニケーションします。同世代のアメリカ人の友達は、世代がTwitterだからTwitterを一番使うと、言ってました。まあ、理解できますよね、世代だからそりゃそうだと。使っているSNSアプリはたくさんありますが、基本はこの3つがコミュニケーションの基本です。(ただ、日本人とはLINEが多いです。)


私はFB派で、Twitterは元々あまり使わない派です。ので、Twitterが登場した時も、何が面白いのか良くわからず、ハマっていた人にその魅力が何なのか、よく質問をしたものです。


今回のこのSnapchatにも「何が楽しいんだろう?」という疑問が湧いていたので、前述した若者たちに質問をしてみました。そうすると、


●どうでもいいことをわざわざ何処かのSNSにシェアするよりも、(つながっている)友達に見せて、その後、証拠が消えてもらった方がいい。例えば、新しいカップルが歩いていたとか、くだらない会話・行動など。


●会話が続いた時に表示される親密度を表すEmojiが面白い。

→こちらのことです。http://snswalker.com/snapchat-emoji/


と回答が返ってきました。


まあ、確かに、くだらないことは消えてもらっても問題ない。そして、Emojiも会話が続けば、続くほど、親密度の表示が変わって、面白いのもわかる。


私も、これはSnapchatの印象深いところだなと感じたところがあります。それは心をくすぐるようなUXです。ところどころに細かい仕掛けが入っていて、確かに面白いと思う。


補足ですが、Snapchatは、昨年行われたFOX主催の10代が選ぶエンターテインメントの祭典、Teen Choice Award(http://www.teenchoice.com/)をスポンサードしており、Snapchatが10代に対して、プロモーションをしており、そして絶大な支持を得ていることも良くわかりました。
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そんな中、気になることもあります。


それは、

このSNSは、実に閉鎖的である。


ということです。


その理由は、Snapchatの中で友達以外とのやりとりがほぼありません。他人のコンテンツを見ることはできますが、それをアップロードしたのが誰だか特定することが出来ません。


また、友達にも個人情報がほぼ出ないので、名前(ニックネームの可能性もあり)とアップするコンテンツ以外は、その人を知ることが出来ません。


これは今までのSNSとだいぶ違うなと感じるところです。

批判ではありません。


このような閉鎖的なSNSが一般的というのは、私たちのようなSNS創成期時代の人間の次世代ないし、次々世代SNSユーザーは、私たちの世代よりもプライバシーやSNSでのリベンジに対して、敏感であり、警戒心がある。また、そこへの対処が学ぶ前に備え付けられているのかもしれないと、率直に感じています。


私たちのSNS創成期時代との大きな違いは、お互いが知らないと、繋がることがほとんどない。つまり、「オフラインの友達関係があってこそのSNSでの繋がり」となることです。


これは、バーチャルの世界だけでなく、実際の人との繋がりがあり、そこからSNSでつながるという流れが出来上がり、それは今までのFacebook/Twitter/Instagramの個別アカウントで気になったらフォローするというのとは、全く異なる世界を作り上げています。


これは、私たちプロモーションを考えて、SNSで拡散させたい人間としては、このクローズドのSNSが人気になるということ、これが次世代のSNSであることに危機感を感じなければいけないと感じます。このSnapchatは、SNSというよりもLINEのようなコミュニケーションツールの傾向がかなり大きいのではないでしょうか。


ただ、企業側は、企業の画像or映像or顔認識広告表示/自社アカウントなどで、ユーザーとコミュニケーションができますし、その広告を見やすいような表示になっているので、広告を出せば、ユーザーに見てもらえるキッカケにはなります。


しかし、アカウントを持っていない人にはもちろんその広告は見てもらえないし、広告を出さないとユーザーにリーチすることも難しい。公式ページを持っていても、リーチしにくいということです。


自分の世代を思い返すと、SNS創世記で、約14年くらい前(2006年くらい?)に、SNSが流行し始めたのを覚えています。自身のことを考えると、最初はmixiから始まりましたが、その後海外のお友達が出来始めて、Facebookも使い始めました。最初FBは、各ユーザー少ない容量(198Mbくらい?)の割り当てで、マイページもなく、たくさんのことが出来なかったと思いますが、友人と会話したり、お絵描きボードを共有したり、とにかく画期的だと感じていました。海外から帰ってきても、メッセンジャー以外でお互いの情報を共有できることで、世界にいる友人の近況がわかるのは、嬉しかったものです。


世界がどんどん広がり、色々な有用な情報を取得したい、と感じた方が多いのではないでしょうか。また、人によっては、自分の世界をもっと見せたい、もっと良く見せたい、という人も多かった/多いかもしれません。


しかし、今あるSNSは、今までのものとは大きく異なり、自分のムラの中で、楽しむ感じがしているようで、仕方ありません。そう感じるのは、私だけでしょうか。なんだか、マイルドヤンキー的な匂いが漂っている気がしてなりません。


今、世界ではSNSの一つの議論が展開されています。


「本当にSNSは世界を変えることができなかったのか?」


SNSで、多くの人が繋がり、世界各地で革命が起きましたが、結局その後、インターネットにはフェイクニュースが蔓り、疑心暗鬼をもたらした。というものです。 SNSで、世界はバラバラになりつつあるというのです。


数年前には、Facebookが世界を凌駕するというイメージがありましたが、実際には世代によって使用されているSNSも異なり、Facebookの人気も下火になり、決してまとまることはなさそうです。


その中で、Snapchatが生まれ、インターネットはどんどん閉鎖的になっていくな、という印象の他に、これらのフェイクニュースに飽き飽きしている世代がウチに入ってしまい、ムラの中の真実のみを見るようになったとも、感じます。


かなり話が大きくなりましたが、私の仕事であるプロモーション上でのSNS活用で話を終了したいと思います。


現代のティーンの間で流行っているSNSが閉鎖的なものであるとすると、今までSNSでのPRの進め方は変えざるを得ないのではないかと感じます。それは、SNSを通して、爆発的なPR記録を作るものが、プラットフォームの特性上、同じことが発生し得なくなっているからです。


SNSでなんとか拡散させて…」「バズ動画的な…」


これは、もう古い話になりつつあるんでしょう。


では、どうするか…?


皆さんは、どう思われますか?


私は、前回で書いたYouTube TVの話でも触れていますが、結局広告回帰になっているのかなと思う部分があります。結局広告出さないと、消費者にはリーチしない。


または、ソーシャルチームをもっと強めることが必要なんじゃないかと感じます。


私の勤めている会社は小さく、デジタルマーケまで、手が及んでないのが現実です。


しかし、ここを把握しコントロールしない限り、もういいクリエイティブを作っても広告屋さんとは呼べない気が仕方ありません。