イベントを考える。

主に、世界のイベントに注目するイベントマーケティングブログです。たまに、違います。

イケイケ アリババ

昨日から、iPhone 8 & Xローンチ情報と共に、この映像が世界中のネットを騒がしているようです。

www.youtube.com

 

アリババ イケイケ。笑

 

4万人の社員の前で、アリババCEOのジャック・マーがマイケル・ジャクソンのコスチュームを来て、パフォーマンスをしたそうです。

 

かなりの二次会ノリに、笑ってしまいますが、社員総会なら、まだ分からない気がしなくもないのは、これと同じように社内イベント時に身内のパフォーマンスが求められる日本人だからでしょうか。

 

CEOがこれをどうしてもやりたかったのか、不明ですが、この規模の社員総会ができることはイケイケアリババを表しており、日本ではなかなかできないことなので、羨ましさもありますね。

 

また、日本で派手なやっていることがあっても、クローズドイベントになっていることがほとんどなので、この映像をPRとしても使用しているアリババの勢いと、世界に対する知名度拡大の狙いがワイズ差に関心してます。

 

それとも、面白いから、動画もあげちゃおう!だったのかな。その線も強いですね。

ニューヨーク 女性移民支援プログラム

今日は、New Women New Yorkersというニューヨークの女性移民支援プログラムの説明会に行ってきました。

 

www.nywomenimmigrants.org

 

このプログラムは、移民としてニューヨークに来た女性(18-35歳)に、無償でレジュメの書き方/プレゼンテーションの仕方/インタビューの受け方などを8週間に渡り提供します。

 

こちらを運営している組織であるNew Women New Yorkersは、ほぼほぼ女性だけの集まりで、主に移民のスタッフ及びボランティアで構成されていると以前にフランス人のスタッフの女性がおっしゃってました。

 

記憶が定かではないのですが、

私は、市立図書館のイベントリストもしくはmeetupを通じて、このプログラムを知りました。

 

会場には、20名ほど、チリ・西アフリカ・韓国・コソボなどなど世界各国の女性が集まっていました。

みなさん、年齢も様々で、ニューヨークの在歴も様々、英語のレベルも様々でした。

 

最初、自己紹介から始まったのですが、そこですごく驚いたことがありまして、

そこにいる私含めた4名が日本人の方でした。

すごい割合だなと。

 

この日本人の方々とは、直接お話することはなかったのですが、皆さん外国で社会に出たいという思いを持って、行動に移し、頑張ってるんだな。と、不安なながら行った私は、とても勇気をもらいました。

 

また、こういった悩みを持った人々を、同じ悩みを持っている人々が支えている組織があることに、本当に素晴らしいと関心しました。

 

ニューヨークにいると、様々な人種がおり、日本では考えなかった人種について、本当によく考えさせられます。

 

現在アメリカはDACAが廃止されるということで、その議論がさらに活発になっています。このDACAに対する多くのリベラル派のアメリカ人の話を聞くと、本当に人種に関して寛容であり、私自身の人種に対する無知が恥ずかしくなる時が多々あります。

 

昨年、タイ人の高校生が日本で強制退去処分を受けましたが、今後人口が減り、外の力に頼らざるを得ない社会が目に見えていて分かっている日本人として、この強制退去処分についてももう少し寛容的に考えていくべきなんだろうと感じます。

 

今回は、残念ながら、どうしてもスケジュールが合わない日があり私は受けることができないと、担当者から言われてしまったので、次回のプログラム開催に期待したいと思います。facebookページで色々情報を発信しているようなので、下記にリンクをつけておきます。

 

New Women New York facebook page

https://www.facebook.com/NewWomenNY/

どうしてアメリカ人はあんなに上手に話せるんだろうか?


表題の通り、私は毎日「彼らはどうしてあんなに話せるんだろう?」「なぜ、あんなに早く口が回るのか?」といつも感じています。アメリカ人は、とにかく「おしゃべりが得意」。皮肉でもなく、本当に思います。


とにかく、ある程度話が尽きるまでは、とにかく彼らは、ものすごい勢いで話し続ける。


余談ですが、特に、私がいるニューヨークの人は、本当に話すのが早い。早すぎて、頭が回り、フリーズする時がある。他の地域から来たアメリカ人も「ニューヨークにいて、英語が分かるようになったらどこでも大丈夫だよ!」という冗談を言うくらいです。

一度、英語の会話の一部を日本語に訳して、同じ早さでこっそりと真似て見たのですが、日本人は絶対あの早さで口は動かせないですね。(私は日本語でも話すスピードが遅いので、正直ちょっと辛い時があります。)

さて、この1年、色々な方にあったり、セミナーのようなイベントに行って、ネイティブの方の英語を聞いて見たのですが、比較的みなさん人前で話すことに慣れていました。また、ネイティブでなくても、アジアから来た人以外は、人前にでたがる方が多いので、人前で話すことに慣れている方が多数です。もちろん個人で得意不得意もあるのですが、みなさん、プレゼンも、質問も、楽々とこなしているように思います。

私は、イベント業界でずっと多くの方のプレゼンテーションを見て来ました。
イベントに行ったことがある方は、よく分かると思うのですが、日本人と西洋人の方のプレゼンには多くの違いがあります。それは、スピーカーもオーディエンスにもどちらにも言えることです。例えば、日本人スピーカーはスライドをきっちりと用意してきて、台本通りにプレゼンする。西洋人スピーカーは、スライドはビジュアル中心で、ステージの真ん中に出て来て、オーディエンスを巻き込む。オーディエンスも違いがあり、日本人は質問は少ない、もしくはないのに対して、西洋人は質問を山ほど出す。と言うような違いでしょうか。国のリーダーのスピーチを見ても、全く日本と違いますよね。

どちらがいいのかは、批評する気はありません。

ただし、やはり海外で活躍したいとなると、西洋人のスピーチ方法を学ばないわけには行かず。

今回、どうすれば、海外でも通じるスピーチができるようになるのか、考えて見ました。

まず、なぜこのような違いがでたか?については、正直、子供の頃からの環境の違いというしかないと思います。日本人がなぜ、シャイなのか、社会学者でないので詳細は分かりませんが、特にアメリカでは、個人主義の考え方が、発言をして、意見を言うことで、権利を獲得していく、という文化に繋がっているように思います。 そして、発言数の他に、何がプレゼンの表現力に影響してるんだろう?と頻繁に考えてたんですが、きっとそれは『リアクション』がキーなんじゃないかと思うようになりました。

というのも、私、そんなリアクション芸できないよ〜!くらい、西洋人はリアクションが大きい時がある。そして、声が大きい。そして、それに対して、よく喋る。とっても表現が豊かな人が多いのだと思います。逆に日本人は、リアクション力は全世界の最低レベルに近いと思います。

私は、リアクションはあまりしない方で、驚いても本当にびっくりした時以外は顔にあまり出さないタイプです。別に、世界に出なければ、そんなものどうだって良かったですし、今まで気にしたこともなかったのですが、このニューヨークに来て、その表現の違いにだいぶ戸惑ってしまう時も随分あります。

で、なぜ、そう思うようになったかと言うと、ドラマなど見てても確実に役者さんの演技が日本の役者さんより上手なんですよね。ドラマでそう思いませんか?

下記は人気のあるYouTuberの動画で、彼らが演技しているんですけど、

www.youtube.com


素人でも、このレベルに行くんですよね。
YouTube Redに出てくる役者さんは、ほとんどがYouTuberみたいなのに、素人感はまったくない。

デーブ・スペクター氏も先日、下記のようにおっしゃってました。

デーブ・スペクター 日本の役者の演技力に「ぶっちぎりで最悪」

日本の演技力は、恐らく文化の中にある表現力に根付いたものなのでしょう。

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ので、解決策は、演技力を磨くこと。

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じゃないかと、私は思うのですが。。。 私が言い放っても、まったくやる気は起こりませんよね。。きっとこれがいい方法だと本当に思うのですが、、 現実味がないというか。。疑わしいと思いますよね。。しかも、私も演技とかしたくないし、恥ずかしいし。。

ので、もっと、違う視点から解決策を見つけてみようと思います。。

これらは、私が実践しているものです。少しづつですが、自分の中でも成長を感じられています。また、これなしには、私が今後このアメリカ社会でプレゼンするのは厳しいんじゃないかとも感じています。

まず、

1-プレゼンの基本は西洋式なものを習いましょう。


ニューヨークには、東京と同じで山ほど講座があったので私もいくつか、それに近いものは習いました。東京にも西洋式のプレゼン講座はあるでしょう。一度英語プレゼンの体験してみるといいと思います。人前で話す練習になるので、普段の生活にも役立つと思います。フックをどう掴むのかは日本語でも大切なポイントですが、英語でも考えてみると、どこを強調したいのか、話のポイントはどこかなど、英語でも整理ができ始めるようになり、自然に他者に対するコミュニケーション方法が変わってきます。日本語プレゼンを習っていない方は、英語プレゼンから習ってしまえば、ジャンプアップも早いでしょう。

2-声の出し方を変えて見ましょう。


私もうまくこなせていないですが、英語を話すときは発音以上にイントネーションが大事です。 どこに強弱がついてるのか、日本語のように棒読みになっていないか。英語ではかなりこれらが大事なようです。ので、意識して、変える必要があります。こちらもアクセントリダクションやイントネーションを習うと、自信が勝手についてきますし、相手も理解しやすくなるので、コミュニケーションがスムーズになります。この練習は、舞台役者さんの声出し練習に近いと思います。ここは、本当に毎日の練習が大切です。また、日本人は、発音にこだわりすぎだ!という本もありますが、通じなければ意味がないので、基本は習うべきだと思います。

3-目指す人を決める。


これは、モチベーション維持にとっても大切です。昨年、私の中で一番印象に残っているプレゼンは、伊藤 穰一さんでした。年末だったと思いますが、伊藤さんのビジネス本出版記念に行った時に、プレゼンを見ることができました。英語のデリバリーの正確さ、ステージでの作法、笑いも含まれており、どれも勉強になることばかりでした。また私は、典型的な西洋人の元気で圧倒するプレゼンにはなかなか近づくことはできないな、むしろしたくない、でもどうしたらいいのかと考えていたため、こういった落ち着いたプレゼンテーションが世界に通じることを間近に見れ、私なりのプレゼン作法を考える、良いキッカケとなりました。

www.youtube.com


また、ジャパンスタートアップというイベントで見たニューヨークのスタートアップSnakkuという会社の代表Shigeki Abeさんのプレゼンも分かりやすく、私が目指しているプレゼンターの一人となりました。 Snakkuは、日本のお菓子をアメリカで定期購入可能なECです。 https://www.snakku.com/

正直な話、私は、まだ人前でプレゼンに至るレベルに達していません。残念ながら。。プレゼンができても、質問が聞き取れない可能性が大いにあるのが原因です。リスニング力が伸びずだいぶ苦労しています。英語力は、まずまずになってきたので、プレゼンの台本はかけますが、アドリブが必要なところには、まだまだ追いついていません。

おそらく、私がお伝えする3つを見て、『そんな当たり前のこと言われても…』と思うかもしれませんが、大人になってしまった、私やあなたにリアクション力/演技力を西洋人と同レベルに持っていくのは、本当に難しいと思います。思いっきりやるしかないのは、当然のことです。ただ、そのプレゼンをさらに上質なものへと連れていくために、私が活用している3つの方法をお伝えしました。

私も10年アメリカにいる姉に言われています、「英語は、気長に。」と。 焦っても仕方ない部分が多くあります。しかし、一歩一歩確実に前に進んでいく必要があるため、この私の方法が少しでも皆さん自身のプレゼン改善の助けになれば幸いです。

AIに奪われなくても、なくなっていく職業


この1-2年、AIが奪っていく職業についての議論があちらこちらでされていると思います。 クリエイティブな職業は、AIに奪われないらしいので、自分のイベントに関わる仕事は一応大丈夫そうかなと、安心しています。私の仕事には肉体労働も含まれるので、きっとロボティクスが高度に発展しない限りは、もう少し大丈夫でしょう。

それでも、イベント業界で、一番になくなっていく仕事があると私は思っています。

さて、それはなんでしょう?

なんだと思いますか?

私は、この5年以内になくなる職業は、コンパニオンだと思っています。 なくなる、もしくは、コンセプトが変わるんじゃないかと。

大体の場合、コンパニオンというのは、ミニスカートのコスチュームを着させられて、アンケート配りやノベルティを配る若い女性のことです。 大きなトレードショーなどになると、肌の露出も多く、奇抜な露出の多い格好をしていたり、キャンギャルへの道の一歩とする人もいます。

正直、業界では必須の人たちなので、私もコンパニオンを雇いますし、いなければイベントが回らないというのが 現実です。

しかしながら、私は彼女達の存在がどうも理解できません。

彼女達を理解できないのではなく、そのコンセプトが理解できません。

イベント業界で働き始めて10年目ですが、最初から感じているのは、 「なんで、女の子だけなんだ?若い男じゃだめなんだっけ?」 です。

気になる点を整理してみましょう。

・なぜ男性はだめなんだっけ?

これには、よく一般的に挙がる理由があります。

 >理由1:お客さんの大半が男性だから。

 >理由2:男性の方が人件費が高いんだよね。

 >理由3:カメ小やプレスが集まりやすくなり、外に写真が出やすいんだよね。

ほうほうほう。

確かに、その理由はそうなんですよね。 その通りなんですよ。

でも、なんか、おかしく感じませんか? まず、理由1について

>理由1:お客さんの大半が男性だから。

この理由は、男性独占社会を意味しているんじゃないでしょうか。 女性の社会進出が遅い。お客の大半が男性ということ。客=男性という概念。 日本で10年ビジネスをしていた上海の女性から、 「日本は上海よりも女性の社会での地位が低いね。上海の女性の方が全然もっと社会に出てるよ」と言われました。ビジネスウーマンの彼女にとっては、女性としては住みにくかったみたいです。

つづいて、理由2、

>理由2:男性の方が人件費が高いんだよね。

これは、人件費の男女格差を表してしまっている。なんとも残念。 MCの平均的人件費も男性の方が高いんですよね。これは、女性MCの人数の方が多く、コンペティションが厳しいからだそうです。確かに、コンペティションが厳しくなると、人件費が安くなるのは、経済の仕組み上仕方ないと思うんですが、MC内で男女差が存在していること自体が少し疑問に残るところです。声質の問題上仕方ないのでしょうか。

つづいて、理由3、

>理由3:カメ小やプレスが集まりやすくなり、外に写真が出やすいんだよね。

露出の多い服や女性を露出させることで外に写真が少しでも出るという発想ですよね。 そんなマーケティング方式でいいのか@2017。 ホットパンツが男性は好きだからといって、ホットパンツを履かせたいと何度か依頼されたこともあるのですが、顔が固まってしまったことがあります。 男性顧客獲得のために、ホットパンツを履かせるマーケティングが、依然存在しているんですよね。不思議で仕方がない。

その他にも、コンパニオンがブスだった、そうじゃなかったとのコンパニオン批評を多くのヘテロセクシャルの男性陣から言われたことがありますが、気分悪くなりましたね。そこは彼らには重要だったんですね。 「顔が悪い女の子が多かったから結果でなかったんじゃない?」と、その問いは言われましたね。 なんともくだらない、つまらない論理だと思ってしまいました。が、現実にそこに響いてくる何かしらの効果があるんでしょう。

また、名前のコンパニオンですが、 英語のコンパニオンて、辞書で調べると、
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companion

1.〔付き添う〕仲間、友、連れ

2. 対の一方[片方]

3. 手引き、手引書、ガイド、必携◆書名に使う。何とかの手引、必携何とか、など。

4. コンパニオン◆貴婦人・老婦人・病人の相手をする雇われの住み込みの女性。日本の宴会での接客コンパニオンではない。

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なんですよね。 この言葉を女性の接客に使うこと自体、やや気色悪い感じがします。

私は、こういった具合の女性が性的に見られる職業に関しては、 仕事上建前では笑っていますが、本心では好きなものではありません。

私はずっと、この「コンパニオン」という職業だけはどうしても理解できなかった。ので、今回テーマにしてみました。

今後女性の社会進出がもっと増えると思いますが、 そうなった時、露出が多い服を着た女性がいるブースに対して、参加者の女性はどう思うんでしょうか。

もちろん一般向けイベントでは、好きでコスプレする人たちもたくさんいますが、ビジネスの場で、コンパニオンに何か性的な衣装を着せるというのが、今後通用するのか? むしろ、コンパニオンという女性限定のような職業自体が通用するのでしょうか?

正直、今まであまり男女格差についてや、社会に潜在する女性差別については、感じることは少なかったと思います。「お化粧しなさい、女性なんだから」と「生理ってそんな言葉口にしちゃだめだよ」とかぐらいかなと思います。これらの言葉も十分差別的で、気分は悪かったですが、自分の上の方からの言葉だったので、その場はさらっとやり過ごしました。どちらも多くの女性にとっては気分悪いものかと思います。

今回、コンパニオンがなぜ存在するかについて考え出した時、少し悲しい気持ちになりました。 「そうか、男性の方が対象が多いんだ。そこに媚びているマーケティングで、そこに媚びている社会なんだ」と感じました。なんで、女性の社会進出が進まないんだ。には様々な意見や理由がありますし、女性から社会進出を望まない現実もまだまだあります。また、環境や文化も女性の社会進出を遅めているものでしょう。私の考えとしては、女性の社会進出については、特に批判するつもりはなく、女性が自由に選択できる環境がもう少し増えるといいなと感じて居ます。ただ、顧客となるターゲットにまだまだ男性が多い現実の中で、そこを利用するマーケティング方式を取って居て本当にいいのでしょうか?と、常に疑問を感じて居ます。

私は、このコンパニオン職業はきっとなくなると思うので、今後現在のコンパニオンという形じゃない役割や発想が求められると思います。男女平等の採用なのか、露出に依存しない見せ方で進むのか。商談よりも名刺情報を大切にしている日本の企業からすると、彼らの役割が完全になくなることはないと感じています。ただし、モーターショーなどの露出が多いイベントでは、もしかしたら、完全に車両の前でポージングをするモデルが消えるということもありえるんじゃないでしょうか。

今時の若者のSNS


タイトルからして、年を少し重ねたな、と自覚してしまう32歳の初夏。


「まだ、32歳は若い若い!」と思う方も多いかと思うと思うのですが、SNSの側面から見ると、このタイトルは決して大げさなものではないんじゃないかと感じています。


というのも、SNSというのは、時代の流れと共に、本当に変わってくるんだなと、肌で感じているからです。


今、私は、アメリカで学生として過ごしているので、20代前半の子達を触れ合うことが多々あります。その子達が一番よく使っているのは、Snapchat。彼らは、Non-Japaneseです。アジア人も、アメリカ人も。


また、ニューヨークにある日本の高校の生徒たちと話した時にも、Snapchatが一番使われているアプリであることを教えてもらいました。


私も、若い世代のお友達とのコミュニケーションにSnapchatを使っていたのですが、会話や送付した/された画像が消えてしまうのに、戸惑いを感じてしまいました。もちろん、大事な会話にはSaveができますが、毎回保存するのもおかしいし、でも、Saveしないと何を質問されたか忘れてしまうし、、、と、なかなか私とは相性が合わない。というわけで、結局、ほとんど使わなくなってしまいました。


その一方、自分と同い年くらいの友達とは、Facebook/Twitter/Instagramでコミュニケーションします。同世代のアメリカ人の友達は、世代がTwitterだからTwitterを一番使うと、言ってました。まあ、理解できますよね、世代だからそりゃそうだと。使っているSNSアプリはたくさんありますが、基本はこの3つがコミュニケーションの基本です。(ただ、日本人とはLINEが多いです。)


私はFB派で、Twitterは元々あまり使わない派です。ので、Twitterが登場した時も、何が面白いのか良くわからず、ハマっていた人にその魅力が何なのか、よく質問をしたものです。


今回のこのSnapchatにも「何が楽しいんだろう?」という疑問が湧いていたので、前述した若者たちに質問をしてみました。そうすると、


●どうでもいいことをわざわざ何処かのSNSにシェアするよりも、(つながっている)友達に見せて、その後、証拠が消えてもらった方がいい。例えば、新しいカップルが歩いていたとか、くだらない会話・行動など。


●会話が続いた時に表示される親密度を表すEmojiが面白い。

→こちらのことです。http://snswalker.com/snapchat-emoji/


と回答が返ってきました。


まあ、確かに、くだらないことは消えてもらっても問題ない。そして、Emojiも会話が続けば、続くほど、親密度の表示が変わって、面白いのもわかる。


私も、これはSnapchatの印象深いところだなと感じたところがあります。それは心をくすぐるようなUXです。ところどころに細かい仕掛けが入っていて、確かに面白いと思う。


補足ですが、Snapchatは、昨年行われたFOX主催の10代が選ぶエンターテインメントの祭典、Teen Choice Award(http://www.teenchoice.com/)をスポンサードしており、Snapchatが10代に対して、プロモーションをしており、そして絶大な支持を得ていることも良くわかりました。
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そんな中、気になることもあります。


それは、

このSNSは、実に閉鎖的である。


ということです。


その理由は、Snapchatの中で友達以外とのやりとりがほぼありません。他人のコンテンツを見ることはできますが、それをアップロードしたのが誰だか特定することが出来ません。


また、友達にも個人情報がほぼ出ないので、名前(ニックネームの可能性もあり)とアップするコンテンツ以外は、その人を知ることが出来ません。


これは今までのSNSとだいぶ違うなと感じるところです。

批判ではありません。


このような閉鎖的なSNSが一般的というのは、私たちのようなSNS創成期時代の人間の次世代ないし、次々世代SNSユーザーは、私たちの世代よりもプライバシーやSNSでのリベンジに対して、敏感であり、警戒心がある。また、そこへの対処が学ぶ前に備え付けられているのかもしれないと、率直に感じています。


私たちのSNS創成期時代との大きな違いは、お互いが知らないと、繋がることがほとんどない。つまり、「オフラインの友達関係があってこそのSNSでの繋がり」となることです。


これは、バーチャルの世界だけでなく、実際の人との繋がりがあり、そこからSNSでつながるという流れが出来上がり、それは今までのFacebook/Twitter/Instagramの個別アカウントで気になったらフォローするというのとは、全く異なる世界を作り上げています。


これは、私たちプロモーションを考えて、SNSで拡散させたい人間としては、このクローズドのSNSが人気になるということ、これが次世代のSNSであることに危機感を感じなければいけないと感じます。このSnapchatは、SNSというよりもLINEのようなコミュニケーションツールの傾向がかなり大きいのではないでしょうか。


ただ、企業側は、企業の画像or映像or顔認識広告表示/自社アカウントなどで、ユーザーとコミュニケーションができますし、その広告を見やすいような表示になっているので、広告を出せば、ユーザーに見てもらえるキッカケにはなります。


しかし、アカウントを持っていない人にはもちろんその広告は見てもらえないし、広告を出さないとユーザーにリーチすることも難しい。公式ページを持っていても、リーチしにくいということです。


自分の世代を思い返すと、SNS創世記で、約14年くらい前(2006年くらい?)に、SNSが流行し始めたのを覚えています。自身のことを考えると、最初はmixiから始まりましたが、その後海外のお友達が出来始めて、Facebookも使い始めました。最初FBは、各ユーザー少ない容量(198Mbくらい?)の割り当てで、マイページもなく、たくさんのことが出来なかったと思いますが、友人と会話したり、お絵描きボードを共有したり、とにかく画期的だと感じていました。海外から帰ってきても、メッセンジャー以外でお互いの情報を共有できることで、世界にいる友人の近況がわかるのは、嬉しかったものです。


世界がどんどん広がり、色々な有用な情報を取得したい、と感じた方が多いのではないでしょうか。また、人によっては、自分の世界をもっと見せたい、もっと良く見せたい、という人も多かった/多いかもしれません。


しかし、今あるSNSは、今までのものとは大きく異なり、自分のムラの中で、楽しむ感じがしているようで、仕方ありません。そう感じるのは、私だけでしょうか。なんだか、マイルドヤンキー的な匂いが漂っている気がしてなりません。


今、世界ではSNSの一つの議論が展開されています。


「本当にSNSは世界を変えることができなかったのか?」


SNSで、多くの人が繋がり、世界各地で革命が起きましたが、結局その後、インターネットにはフェイクニュースが蔓り、疑心暗鬼をもたらした。というものです。 SNSで、世界はバラバラになりつつあるというのです。


数年前には、Facebookが世界を凌駕するというイメージがありましたが、実際には世代によって使用されているSNSも異なり、Facebookの人気も下火になり、決してまとまることはなさそうです。


その中で、Snapchatが生まれ、インターネットはどんどん閉鎖的になっていくな、という印象の他に、これらのフェイクニュースに飽き飽きしている世代がウチに入ってしまい、ムラの中の真実のみを見るようになったとも、感じます。


かなり話が大きくなりましたが、私の仕事であるプロモーション上でのSNS活用で話を終了したいと思います。


現代のティーンの間で流行っているSNSが閉鎖的なものであるとすると、今までSNSでのPRの進め方は変えざるを得ないのではないかと感じます。それは、SNSを通して、爆発的なPR記録を作るものが、プラットフォームの特性上、同じことが発生し得なくなっているからです。


SNSでなんとか拡散させて…」「バズ動画的な…」


これは、もう古い話になりつつあるんでしょう。


では、どうするか…?


皆さんは、どう思われますか?


私は、前回で書いたYouTube TVの話でも触れていますが、結局広告回帰になっているのかなと思う部分があります。結局広告出さないと、消費者にはリーチしない。


または、ソーシャルチームをもっと強めることが必要なんじゃないかと感じます。


私の勤めている会社は小さく、デジタルマーケまで、手が及んでないのが現実です。


しかし、ここを把握しコントロールしない限り、もういいクリエイティブを作っても広告屋さんとは呼べない気が仕方ありません。

テレビを見ない私が、テレビを見始めた。


みなさんには、テレビを見る習慣がありますか?

私には、ないんですね。

そして、テレビも持っていないんですね。


しかし、映像コンテンツを見ていない訳ではなく、NetflixYouTube、どこかで拾ってきた映画などを真剣に見ているのは、確かです。


特に、YouTubeはお気に入りで、英語の勉強にも役立つなと感じているのと、元々Music Videoが好きなこともあり、YouTube Redの契約をしています。


このYouTube Red契約は、YouTube Redのコンテンツを見たい訳ではなく、オフライン用にダウンロードしたいからです。


ニューヨークは、地下鉄で電波がなくなる割合が高いし、データ通信をしなければならないことを考えると、大好きなYouTubeコンテンツを約$10/月でダウンロードできるのは、私の中でかなり大きい。


ちなみに、YouTube Redのコンテンツも最初はなんとなく見ていましたが、あまり面白くないので、もう配信用のページにもいかなくなってしまいました。


また、何か部屋にいるときのYouTube以外のBGMが欲しいなともどこかで感じていました。


その理由は、YouTubeの誰かがこしらえたMixだと、急に見ていたものからまったく関係のないビデオに飛んでしまうし、一つ一つのコンテンツは、比較的1-20分の短めが多い。違法の24時間ライブ配信は、同じものを流し続けていたり、リポートされて急にページが無くなったりする。


Spotifyは、契約していないので、いつも音楽はShuffleだし、別に音楽だけを聞きたいというわけでもない。


ラジオは、J-waveを聞いていたときのように、これだけ聞くというような大好きなラジオ局は見つからない。


アメリカで一般的なPodcastは、好きな感じのものは、サブカルワードが多すぎて、難しすぎる。。


どうしたものか。。つまんないな。。


と、思ったところで、2017年4月にリリースされたYouTube TVの1ヶ月フリートライアルの広告が画面に登場。


そんな訳で、ポチッとしてみました。

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私の個人的なタブが色々開いてますが、印象を言うと、本当に、ただウェブでテレビが見れるだけです。
そうゆうと、すごくなんでもないように聞こえるのですが、付けた途端「ああ、テレビだな」という、何か私を安心させるような、テレビがある普通の日常に戻ったような、元テレビっ子の私としては、なんだか胸がホッとするような感覚に陥りました。

テレビのある生活は、ちょうど1年ぶりくらいですかね。

ウェブを通して、元の一般的な生活が帰ってきているのかなという感じがしています。テクノロジー的にも利権的にも大変なことなんだと思うのですが、このプラットフォームを「すごい!」と感じるのではなく、「安心」と捉えるのは、私の育った環境・時代がテレビ時代だったことの証明ではないでしょうか。

そして、今後、もっとテクノロジーが時代回帰を呼び起こすのだろうな、という印象を受けたのが、3つ目の画像です。

テレビを、時間枠変わらず、そのまま放映しているようなので、テレビ上で流れるテレビCMも一緒に流れます。

数年前に、テレビレコーダーが蔓延した時に、テレビCMの終わり、テレビCMからの広告収益が減少しているニュースをたくさん見たのをよく覚えています。広告飛ばしで溢れているとうニュースが多かったですよね。

私は、テレビの人間でも、広告代理店でもないので、現代のテレビのデモグラフィックがどうなっているかなど、そんなことは正直よくわかりません。

ただ、映像制作に少しでも携わる人間として、映像コンテンツの幅がまた一つ広がるのだろうという印象を受けたことは、喜ばしいことだと感じました。

テレビを放映するメディアが増えることで、広告費が上がるのか、下がるのか。動画広告と違いは出てくるのか。それは全く私には想像できませんが、その映像を見る人間や見る人間の幅が広がることは確かではないでしょうか。

少し、話は逸れますが、最近ARのことを考えるのです。

2016年のVR元年を経て、2017年はより高性能で一般消費者用のVRデバイスが多数登場すると言われています。そして、VRコンテンツももっと増えるでしょうし、多様化するでしょう。

しかし、ARはどうだったでしょうか?

期待に反して、ARの使い道を皆うまく見つけることができず、Google Glass生産も中断になりました。

一般消費者用は、最終的には、エンターテインメントでしか使い道がなく、結局どう使うのが良いのか未知のまま影を潜めてしまいました。

しかし、まだまだ期待が持てるコンテンツであると私は感じています。まだまだARを使いこなせる素晴らしいデバイスが登場するまでは、時間がかかりそうですが、今後はMRというカタチで、いずれ再登場するのでしょう。

テクノロジーは、一時ダメになってしまっても、ソフト側・ハード側(と、きっとYouTube TVなどを見ると利権緩和もなのですかね)のどちらかの発達と共に、今まで忘れられていたテクノロジーが復活し、そこに必ず必要となるコンテンツが求められる。

コンテンツ制作側は、常に、このテクノロジーを意識して、平面で見せる映像にどういった展開/仕掛けを付加できるかを常に意識する必要があるのだな、といつも考えさせられます。そして、そのコンテンツがオワコンとなってしまっても、いずれまた登場する可能性は十分にあるので、タフに学び続ければいけないと、日々感じます。

映像だと、NetflixYouTube TVの映像配信会社側が決められているものの他に、YouTube LIVE、Facebook Liveもまだまだ話題ですね。

私の仕事では、後者が配信媒体プロットフォームとして、活用できますが、どういったコンテンツとこれらを混ぜ合わせられるのか、合わせたところで何ができるのか、どうプロモーション拡大できるのか、そのテクノロジー・SNSでのプロモーション・波及方向を意識しながら、戦略を立てる必要があるので、ただただ「イベントをUstreamで流しましょう!新しいテクノロジーです!」の時代はもう何億光年も前の時代になってしまったんだなあ、としみじみ感じてます。

PAX east 2017 Report


3月10日-12日にボストンで行われたゲームイベントPAX eastのレポートを、 仕事であるイベンター・イベントデジタルプランナーの観点からSlide Shareにまとめています。

www.slideshare.net



今後、ゲーム関連ブースを提案にする際だけでなく、 イベント/プロモーションでのコンテンツを考えるにも、 良い事例イベントだったのではないかと感じています。


様々な視点で考察していますので、 ぜひご覧いただき、 ご意見いただければと思います。


文字が小さいので、読みづらい方はダウンロードしてください。


下記には、撮影してきた動画をアップしてます。


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●PAX EAST'17

youtu.be


●PAX EAST'17 e-sports 1

youtu.be


●PAX EAST'17 eSports 2

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●PAX EAST'17 VRコーナー

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●PAX east'17 セルフィーカメラ

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